「電気用品安全法」

ちょっと脱線ですが、楽器や音響機器もかなり影響があるので...。
ここ1週間くらい、だいぶニュースなどにも取り上げられるようになって、一般的にも知られるようになってきた、通称「PSE法」です。中古販売市場が混乱することはちょっと考えればわかったはずなのに、興味がなかったらしく、対策がほとんど講じられてこなかったのはやはり問題でしょう。

ボクは日本シンセサイザープログラマー協会の署名に参加しましたが、ここで案内しようと思っていたら3/6で〆切になっちゃいました。...残念...。


*簡単な説明*(わりと一般的な反応)
「名機」が販売禁止に 4月に迫る「電気用品安全法」(IT media News)

*詳しい説明*(かなり批判的)
電気用品安全法(PSE法)の問題について

*原則を理解し現実的な対応を*
(悪くいえば、筆者もあんまり自分に影響ないと思ってる感じ)
+D Life Style 電気用品安全法は「新たなる敵」か
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# by copain-eiji | 2006-03-09 23:34 | ■他

...復活

9ヶ月ぶりに、ひっそりと復活です。
気楽に更新するつもりですので、またよろしければお越しください。
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# by copain-eiji | 2006-03-02 14:05 | ■他

DVD『SMILE』 ブライアン・ウィルソン(2005)

a0030240_1352497.gif すでにCDで紹介した「スマイル」ですが、その後2枚組のDVDが発売されました。Disc1はドキュメンタリーで、おもに1967年の「スマイル」製作断念に至る内幕から、2004年の「スマイル・コンサート」のための作業をする姿、そして感動のロンドン初演を終えるまでが収められています。Disc2ではその「スマイル・コンサート」の模様を見ることができます。なんといっても貴重なのはDisc1のドキュメンタリーです。

 ここでは「スマイル」の製作断念の理由を、ブライアンがハッキリと語っています。本人の口からそれを聞くことができて、初めてスッキリしたというファンは多かったはずです。周囲の理解や協力を得られないばかりか、あらぬ疑いをかけられたり噂を流されたり、そして最高傑作となるはずだった作品を完成させられなかったということに打ちのめされてしまったブライアン。完成を急かされるプレッシャーに加え、人のことを悪く思ったり言ったりすることが嫌いな彼は、そのすべてを自分の中に押し込め、結局は彼自身が崩壊してしまったのです。

 忌まわしい記憶を恐れて「スマイル」から遠ざかっていたブライアンですが、新しい仲間たちとの作業の自然な流れの中で、再び製作に着手することになります。しかしロンドンでの初演を終えるまでの日々は、過去の記憶との壮絶な戦いを経なければならず、見ているこちらが辛くなります。コンサートを終えたブライアンは「やっと悪魔から解き放たれた」と語ります。「スマイル」製作前のたった一度のLSD服用時から、幻聴に悩まされていたのだと、ドラッグの恐ろしさもキチンと証言しています。

 近年のビーチボーイズのドキュメンタリーで、マイク・ラブが「スマイルはドラッグから生まれたもので、美しいものでもなんでもない。」と言っていたのを、きっとブライアンも聞いたのでしょう。「スマイル」復活には、その発言が真実でないことを証明したかったという気持ちもおそらくあったのだと思います。時間をかけて産み出し練り上げた作品を、「ドラッグの産物でしかない」などと言われたら、そんな悲しいことはありません。過去のしがらみを吹き飛ばして歌いきり、作詞のヴァン・ダイク・パークスと抱き合う姿は、涙なしでは見れません。
めでたしめでたし...。
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# by copain-eiji | 2006-03-02 13:53 | ■映画+TV

カエターノ・ヴェローゾ 「2005東京公演」

5/24(火)、ボクたちの数年来の夢が現実になった。
目の前で(と言うにはかなり遠かったけど)歌うカエターノと時間を共にしたのだ。

バンドを従えてステージに登場したカエターノが歌いだしたのは
「ミーニャ・ヴォス、ミーニャ・ヴィーダ(わが歌、わが人生)」。

...幸せだから、
 苦しみの中にあるから、
 待っているからボクは歌う。
 幸せになるため、
 苦しみとともにあるため、
 待つためにボクは歌う...

a0030240_339134.gif「歌は心に届く」ということを、本当に久しぶりに身体の芯から体験した。ブラジル・バイーア州出身の62歳のシンガーの、ホールいっぱいに響くツヤとハリのある歌声に、完全に参ってしまった。カエターノのステージはシンプルで、最低限必要なものしかそこにはない。巨大な装置も派手な演出もなく、マルチビジョンもない。だから2階席から見たボクたちにはカエターノの細かな表情は見えない。でもそれがかえって音楽に集中できて良かったかもしれないとさえ思う。バンマスでチェロ奏者のジャキス・モレレンバウンを筆頭に、ギター2本、ベース・ギター、ドラムス、パーカッションの名手たち6人が繰り出すさまざまな表情の音が唯一、そして最高の演出だった。

カエターノがすばらしいミュージシャンで、そのコンサートでの演奏が文句なく感動的であったことは間違いないが、これについてはそれ以上に何も書きようがない。どんなに言葉を使っても、音楽の「感動」そのものを伝えることは不可能だからだ。少なくともボクにはムリだ。なので、ちょっと視点を変えた話題をひとつ。

来日前にカエターノに電話インタビューしたという中原仁さん(ブラジル音楽の評論家として第一人者)のサイトに、その時のコメントが載っていたので転載させてもらう。
カエターノ:『 これまで日本で行なったすべてのコンサートで、私が感動したことがある。曲が始まって、それに聴き入る日本のオーディエンスの<静けさ>。これは、他の誰にも真似できない。まるで、そこに人がいないと思うほどの、ピュアな静けさだ。禅の静寂とも言える。そこには何もない,白紙だ。無人の前で歌っているようにすら感じる。そして、曲が終わって拍手が起き、とても自然に場内が活気づき、熱狂する。この自然な姿勢が、とても素晴らしいと思うし、こういうオーディエンスには、今日の今日まで、日本でしか出会ったことがない。』

予定調和の、決まりきった作法としてのライブの盛り上がりというのがボクは大嫌いなのだけれど、この言葉を聞いて、ボクがカエターノを好きになったのは当然のことだったと理解できた。よく日本の客は静かすぎるとか、関東の客はノリが悪いとかというミュージシャンの声を聞くのだけれど、それって音楽に何も関係ないことだと不快に思っていた。実は今回のコンサートも、正直に言うと他のお客さんの反応が心配だった。しかしコンサート最後に、それが余計な心配だったことがわかった。カエターノの音楽を聴きに来たお客さんたちの姿に、ボクも感動してしまったのだ。それはコンサート本編が終わった後、当然のようにアンコールがある。そしてアンコールをうながす拍手というものがある。一般的なポップス系のコンサートであれば、バラバラとしていた拍手が途中で「パンパンパン...」という一定のリズムになるアレである。ボクはアレが好きではない。特に最近、アーティストがステージを去る前からアレになるということも多い。なぜだかアレに遭遇するととても恥ずかしく、悲しくなる。ボクは楽器の音や歌の声が鳴り止んでも音楽そのものは終わっていないと思っている。余韻という言葉でしか表せない気がするけれど、あの「パンパン...」を聞くとその余韻がムリヤリかき消されてしまって、なんともイヤな気持ちになるのだ。今回、本編が終わってカエターノとバンドがステージから消えて、再び登場するまでのしばらくの時間(たぶん4〜5分)、その「パンパン...」がなんと最後まで出なかった。拍手が鳴り止まなかったということだ。全員が素直に感動を、カエターノとバンドへの感謝を拍手であらわしたいと思っていたからではないかと思う。そんなファンを作ってしまうカエターノはやっぱりすばらしい、ともう一度感動したというわけだ。


ボクが初めてカエターノと遭遇したのは、たぶんまだ20歳を過ぎた頃。アメリカ録音の弾き語りアルバムが話題になっていた時だった。音も少し聴いたはずだけれど、実は全然覚えていない。そしてその前か後かは忘れてしまったけれど、どこかでカエターノが書いた文章が日本語に訳されていて、それを読んだ。確か政治的なこととかも書いていたのだけれど、とにかく難解な文章でさっぱりわからず、それ以来「カエターノはわからん」という印象だけでずっと聴かず嫌いだった。そんなカエターノを聴くきっかけは、コパンの最初のアルバムを録音したしばらく後、ベーシストのくにかずくんが、「ミーニャ・ヴォス、ミーニャ・ヴィーダ」が収録されたアルバム『リヴロ』を持ってきてくれたことだ。その後、当時の最新アルバムの『ノイチス・ド・ノルチ』を聴かせてもらって、カエターノ好きが決定的になった。くにちゃん、ありがとう。


カエターノ・ヴェローゾ:
1967年(!)に、ガル・コスタとのデュオ・アルバム「ドミンゴ」でデビューしたシンガー・ソング・ライター。すぐにジルベルト・ジルなどの仲間たちと「トロピカリズモ」運動(ロックをはじめ様々な音楽要素を取り入れるだけでなく精神的にも不要な文化の壁を突き崩すこと)を提唱、賛否を巻き起こしながらも、現在のブラジル・ポップス(MPB)の基礎を築いた。時の軍事政権に危険分子として拘束された後に国外退去となり、数年間ロンドンで亡命生活を送った。帰国後も精力的に活動し続け、現在までオリジナル・アルバムだけで(おそらく)37枚を発表。ブラジル・ポップスの最重要人物のひとり。
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# by copain-eiji | 2005-05-31 10:52 | ■コンサート+ミュージシャン

ジョアン・ジルベルト 「Joan」 (1991)

a0030240_12175123.gif1. 僕のサンバ
2. 私の道
3. ホジーニャ
4. マラガ
5. 或る女
6. かわいそうなハート
7. You Do Something To Me
8. 不幸の予感
9. モーホのアヴェ・マリア
10. サンパ
11. 君は微笑みかけた
12. 愛のわすれもの


ボサ・ノヴァの創始者のひとりと言われるジョアン・ジルベルト。ミルトンと出会う少し前に「O Amor, o Sorriso e a Flor」というアルバムを見つけて買った。ジョアンについては何も知らなかったけれど、なぜ買ったかというと「ワン・ノート・サンバ」という曲が収録されていたから。何かの音楽フェスティバルに出演したアントニオ・カルロス・ジョビンのステージをTVで見ていたらこの曲を歌っていたのだが、その作曲のアイデアに衝撃を受けたのだ。メロディっていうのは上下に動いて初めてメロディなんだろうとなんとなく思っていたので、ずーっと同じ音が続いて曲が成立するなんて考えてもみなかった。そして同じ音を繰り返すメロディの後ろでコードが下がっていくという不思議な感覚。そう、ボサ・ノヴァとの出会いはやはりジョビンだったのだけど、その頃ピアノ音楽はあまり好きじゃなかったので、買ったのはギタリストのジョアンのアルバムだったというわけ。

このアルバム「ジョアン」は1991年に発表されたもので“ジョアン対オーケストラ”と言っていい。これがスゴイんです。決してオーケストラが脇役になることなく、ジョアンのささやく歌とギターと対等に張り合っているかのようです。ひとりでギターと歌だけでも、それぞれが絡み合いときに対立するかのような緊張感を生み出し、それが彼の魅力の大きなひとつだと思いますが、それが薄れてしまうことなく、余計にスリリングな世界を演出しているのは驚きました。こんな音楽は初めて聴いたんです。アレンジはクレア・フィッシャーという人。詳しくは知らないけれど、すごい人です。アート・ペッパーとかプリンスとかとも競演しているらしい。近いところでは小野リサのアルバムにも参加してました。

18歳で一度ジョアンに出会い、その一枚だけをずっと聴いてきましたが、このアルバムで再び出会ったのはとても大きいことでした。「ジョアンはひとり(の演奏)でいい」という意見もわからなくはないですが、ひとりのジョアンが好きな人ならなおのこと、このスゴさはわかるはずです。
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# by copain-eiji | 2005-05-19 12:19 | ■CD

ミルトン・ナシメント「Travessia(トラヴェシア)」 (1967)

a0030240_23363378.gif1. トラヴェシア
2. トレス・ポンタス
3. 信じる心
4. イルマォン・ジ・フェー
5. 塩の歌
6. 風車
7. モーホ・ヴェーリョ
8. ジラ・ジロウ
9. マリア、ミーニャ・フェー
10. 十月


自分の生まれた年にどんな出来事があったか、どんな曲が生まれ聴かれていたのか、ボクにはとても興味がある。ブライアン・ウィルソンがアルバム「スマイル」の制作を断念したのはこの年の春で、ボクの生まれる直前までビルボードのシングルNo.1に座っていたのはヤング・ラスカルズの「グルーヴィン」だったし、その翌週のアルバム・チャートのトップには「サージェント・ペパーズ」が登場...

と、どうしてもアメリカ・イギリスを中心に見るとそういうことになるわけだけれど、ブラジルでもうれしいことが起こっていました。この年、テレビ局の主催する国際ソング・フェスティバルで2位(トラヴェシア)と4位(モーホ・ヴェーリョ)を獲得しデビューが決まったアーティストが、ミナス・ジェライス州出身の若者、ミルトン・ナシメントだったのです。

ミルトンの声を初めて聞いたその瞬間から、聴いているこちらがどこか遠くへ飛んで行ってしまいそうな、宇宙へまでも連れて行ってくれそうなその声の虜になりました。“ブラジル音楽の宝”と言われるミルトンとボクが出会ったのは、実はムーンライダースのアルバム「ヌーベル・バーグ」。ライダースはこのアルバムの最後の曲として「トラヴェシア」に新しい日本語詞をつけて歌っていました。オリジナルとは全く違う歌詞で、もちろんボーカルもミルトンではなかったわけですが、ライダースが歌うその曲から最初に受けた印象と後で少しずつ知っていったミルトン自身の魅力とは驚くほど一致していたのです。それは、曲自身が持つ魅力のなせるわざだとボクは信じていますが、そんな魅力をたたえた曲、ボクの心を捕らえる「曲」にブラジル人のアーティストのものが多いのは偶然ではないと思います。アントニオ・カルロス・ジョビンはもちろん偉大ですが、ボクの心の扉を開いたのはこのミルトン、そしてほぼ同時期に出会ったジョアン・ジルベルトでした。このふたりに出会ったことが、その後かけがえのないアーティストたちとの出会いへと導くものだったとは、18歳のボクはまだ知りませんでした。

歌謡祭での入賞から、ミルトンの長年の夢だったアルバム制作の道が開かれ、そして出来上がったのが昨年初めてCD化されたこのアルバム。若さいっぱいのミルトンの才能が満ち溢れています。このアルバムのためにプレゼントされた、ミルトンの友人たちからの言葉を紹介して終わりましょう。
『ミルトンの音楽は美しく、真面目で、静かだ。まるで彼自身のように。』エドゥ・ロボ
『ミルトンは常に、僕にとっては明らかに、僕より遥かに偉大なミュージシャンだ。』カエターノ・ヴェローゾ

しばらくの間、ブラジル人のアーティストを紹介することにします。
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# by copain-eiji | 2005-05-11 00:59 | ■CD

Brian Wilson 「I Just Wasn't Made For These Times」 (1995)

a0030240_15481374.gif1. Meant For You
2. This Whole World
3. Caroline, No
4. Let The Wind Blow
5. Love And Mercy
6. Do It Again
7. The Warmth Of The Sun
8. Wonderful
9. Still I Dream Of It
10. Melt Away
11. 'Till I Die

ブライアン・ウィルソンのソロ2作目は、ビーチボーイズから9曲と、1作目のソロ・アルバムから2曲を選んだセルフ・カバー・アルバム。同名のドキュメンタリー映画のサントラとして制作された。

他のブライアンのアルバムと決定的に違うのは、サウンドは極力シンプルに、バンドのスタジオ・ライブっぽい音になっており、コーラスもブライアンの多重録音はなされていない。ブライアン・ウィルソンの偉大さが語られるとき、その魅力は「スタジオでの実験的なサウンド作りと緻密なコーラス・ワーク」だと言われることも多いけれど、このアルバムでハッキリと認識できるのは、それらの要素を除いても桁違いに美しく魅力的な「曲」そのものだ。むしろ、シンプルにすることで余計にそれを浮かび上がらせることに成功している。ヴォーカルの巧さや声の素晴らしさも、全盛期のそれと比べたら雲泥の差なのだけど、それが決してマイナス要素になっていない。それがこの人のヴォーカルのマジックとも言えるけれど...。

表現の手法として、このプロダクションは大好きだ。感情を込めて歌う、心の機微をサウンドや歌詞で表現する...どれも大切なことだけれど、最近はどうも“わざとらしく、派手に表現すること”ばかりがもてはやされているような気がする。街でもTVラジオからも、そういう音楽ばかりを聴かされるのは悲しい。「わびしさ」を歌うのに、「○○○のようなわびしさ...」と表現することをダサいと思わない人には、このアルバムはひたすらツマらないものなんだろうな。

プロデューサーのドン・ウォズという人の、ブライアンに対する愛と尊敬が、このアルバムを貫いている。そこには当然「勘違い」の可能性もあり得るわけだし、そのためにこのアルバムをあまり評価しない人たちもいるようだけれど、ブライアンにとっては純粋にうれしかったのではないだろうか。彼のこの後の完全復活のために、この企画が果たした役割は決して小さくなかった、とボクは思う。「美しい」音楽です。
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# by copain-eiji | 2005-03-31 15:54 | ■CD

The Beatles 「With The Beatles」 (1963)

a0030240_17311057.gif 1. It Won't Be Long
2. All I've Got To Do
3. All My Loving
4. Don't Bother Me
5. Little Child
6. Till There Was You
7. Please Mr. Postman
8. Roll Over Beethoven
9. Hold Me Tight
10. You Really Got A Hold On Me
11. I Wanna Be Your Man
12. Devil In Her Heart
13. Not A Second Time
14. Money (That's What I Want)

いきなり「イッウォンビーローングイェッ!」とノドを締めたシャウトで始まるこのアルバムは、ビートルズの2枚目のレコードでデビューアルバムの8ヶ月後に発表された。

(1)曲目の「ノリ」はいまだに不思議だ。ジョンのサイドギターはほぼ聴こえなくて、ドラム+ベース+リードギターの3ピースだけの演奏なんだけど、ヴォーカル&コーラスと合体するとトテツもない曲になってしまう。
ビートルズに教わった大事なことのひとつにイントロがある。と言っても(1)はイントロなしのシャウト、(2)ではギターコードがひとつ「ポロン」となるだけだが、チャンチャカチャカ...という前奏に乗って登場し、おジギして歌い始めるという歌謡曲の世界しか知らなかった少年には、それだけで十分インパクトがあった。必要ない、ただついてるだけのイントロなんかはいらないんだということ。
(3)もイントロはなく、ポールのヴォーカルでいきなり始まる。これは曲がいいのはもちろんだけど、演奏で言えばリズム・ギターがすべて。3連でひたすらかき鳴らすギターをマネしてずいぶん練習したものだ。
(6)みたいな、誰も知らないような名曲を取り上げるのもビートルズの得意技。この曲に限らないけれどジョージ・ハリスンのリード・ギターはセンスよすぎ。若いクセに。
(7)も他人(マーヴェレッツ)のカバーなのに、ビートルズのカバーの完成度の高さは他の誰をもしのぐ。この曲をビートルズで聴くのは好きだけど、他の歌手のはボクは絶対に聴きたくない(Carp...sファンのみなさんゴメンナサイ)。
しかし(8)はカバーなんだけど、ヴォーカルがジョージだからだろう、たいへん隙があってよろしい。この熟れてない感じがジョン+ポールの完璧さの中に入ると、とってもいい味になるのだ。
(10)はそのジョ−ジとジョンがデュエットしているのだが、このコンビがまた絶妙だ。普通ならジョンとふたりで歌うならポールなんだけど、この曲はジョンの下でハモルからだろう、たぶんビートルズでただ一曲のこのふたりのデュエット。これもミラクルズのカバーだけど最高。

このアルバムから一曲だけを選べと言われたら(誰も言わないけど)ボクは間違いなく(12)を選ぶ。ドネイズという無名の女性グループのヒットしなかった曲のB面に入っていたというこの曲。ビートルズが取り上げなければ本当に誰も知らない曲だっただろうに...。ジョンとポールという史上最強のコーラス隊を従えたジョージのぎこちない歌い方がバッチリはまっているカワイイ曲だ。そしてポールの(リヴァプールなまりなのか?)「シーズガッタデヴリナハー」の歌声が女の子たちのハートをワシづかみにしてもなんの不思議もない。
(13)はジョンお得意の「彼女にもてあそばれる男のわめき」ソング。なんでジョンはこういう歌詞ばっかり書いてたんだろう? 死んじゃってからは「愛と平和の使者」みたいな言われ方ばかりしてて笑っちゃうんだけど、本当はジョンってこんなヤツなんだゼってのは、こういう歌にあらわれてると思う。
(14)はまたもやカバーで、秀逸なのはわかるけどボクにはイマイチぴんと来なかった曲で、それはいまだに変わらない。「まずは金くれよっ!」ってジョンが使ってたジョークだけど、この曲から思いついたのかもしれない。

今回は別段言うこともなくて感想だけなんですが、順番とか迷ってる間にどんどん時間は過ぎるし仕事も追っかけてくるし、とにかくアップしちゃえ!ということです。ビートルズに限らず、だいたい好きなアーティストは全部好きになるので...。もうちょっとこまめにアップしたいもんです。さて次は誰でしょう?
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# by copain-eiji | 2004-12-21 17:32 | ■CD

Brian Wilson『Smile』(2004) 大傑作!

a0030240_1447792.gif1. Our Prayer / Gee
2. Heroes And Villains
3. Roll Plymouth Rock
4. Barnyard
5. Old Master Painter / You Are My Sunshine
6. Cabin Essence
7. Wonderful
8. Song For Children
9. Child Is Father Of The Man
10. Surf's Up
11. I'm In Great Shape / I Wanna Be Around / Workshop
12. Vega-Tables
13. On A Holiday
14. Wind Chimes
15. Mrs. O'leary's Cow
16. In Blue Hawaii
17. Good Vibrations
18. Heroes And Villains (Inst.)
19. Cabin Essence (Inst.)

 このページ、タイトルは「音楽遍歴」なんだけど、ただ感想や批評だけを書いてもわからないかと思って、紹介を書き始めると、それだけで終わっちゃいそうになるので、その辺がジレンマです。これからは、なるべく紹介は簡潔にしようと思ってます。わからない人で、知りたいという人は質問してください。
さて、今回は遍歴というタイトルからは少し離れます。なぜなら、これは新作だから。

 ブライアン・ウィルソン。彼が深く傷つき、音楽活動から離れるだけでなく、まっとうな人間としての生活からも離れてしまった、そのキッカケとなったのが、1967年に発表されるはずだったアルバム、『スマイル』を完成させられなかったということだった。以来、『スマイル』は伝説となり、巷に流れた数え切れないほどのうわさ話や海賊版が、その火に油を注いだ。そして、それは永遠に伝説で終わるだろうと、誰もが思っていた。その伝説の『スマイル』が、37年後になって、ほぼ当時と同じ構成、同じサウンドで制作、完成され、発売された。

 ボク自身は、ほとんど海賊版を耳にしたことがなかったので、ほぼ純粋に新作として聞くことができた。その感想は最後にとっておいて、ここはひとつ質問。「37年前にこれが発売されたとしたら、キミはこのアルバムを気に入ったか?」。もちろん1967年はボクの生まれた年だから、当時聴くことはできなかったんだけど、ではもしビーチボーイズと出会った16才の頃にこれを聴いていたらどうだったか? と考えてみる。答えはたぶん「ノー」だ。断言はできないけれど、きっと理解することは難しかったと思う。ビーチボーイズと契約していたレコード会社「キャピトル」のスタッフたちが、そして身内であったはずのビーチボーイズのメンバーたちが、このアルバムの音楽の素晴らしさと意義を十分理解できず、結果としてブライアンに敵対するようになってしまったのも、仕方がなかったかもしれない。16歳のボクも、ポップスに対して「自分の既知の感情を刺激して、感動を与えてくれるもの」としての音楽を求めていたように思う。ではなぜ、今だったらこのアルバムを「傑作!」と言えるのか。

 このアルバム、とにかくボクが夢で歌うとき、そして夢見心地でひとりで勝手に延々と鼻歌を歌っているときの音楽(サウンド)そのものなんです。ボクにとって、これはまさに「夢」であって、『スマイル』というタイトルで完璧にOK。記録するなんて思わずに歌った鼻歌は、本当にその場限りで忘れてしまいます。歌ったそばから忘れちゃう。でもそれが、本当にその瞬間に自分から生まれた音楽(サウンド)なんです。多くの人は「鼻歌」っていうと、一本のメロディだと思うようなんですけど、少なくともボクの中では違います。たぶん、音楽を作っている人たちの多くはそうだと思いますが、ボクが鼻歌を歌う時は、バックにはあらゆるスタイルのバンドやオーケストラも居るんです。必要な編成のバックミュージシャンが瞬時にあらわれて、演奏してくれるのです。そんなことが現実に起きたら、絶対にスマイル顔になりますよ。

 歌詞は、これも敬愛するヴァン・ダイク・パークスの手によるもので、ほぼ全編にわたって難解です。でも、これは左脳で理解するべき歌詞や音ではないのですから、心配することはありません。すべての音楽の歌詞に対して無頓着ではいけないと思うけど、左脳ばかり使っていたら、右脳や左半身の手足は使えなくなりますよ。ちょっと最近、脳が疲れているという方、この『スマイル』を試してみたらいかがでしょうか。

ブライアンが、当時このアルバムを完成させられなかったのは、ドラッグのせいで精神が破綻したからだとか、壮大になりすぎた音楽やアイデアをまとめられなかったんだとか、いろいろ言われています。ボクの個人的な感想を言わせてもらうと、それらはたぶん結果として出たもので、根本的な問題は、彼を理解しようと努め、励まし、支える人がいなかったからじゃないかと思います。頭の中で鳴る、まだ誰も扱ったことのない音楽を産み出すには、それだけのエネルギーが必要なのです。それとは逆の、いわゆるセオリーで編み上げただけのような音楽は、ボクは嫌いです。そこには、音楽と、それを人に与える神さまへの愛が感じられないからです。世の中に、愛のある音楽がもっともっとあふれてほしいと、切に願います。
(結局、紹介も長くなってしまった)
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# by copain-eiji | 2004-11-27 14:47 | ■CD

Maranatha! Music 「The Everlastin' Living Jesus Music Concert」(1971)

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1. Little Country Church .. Love Song
2. In Jesus Name .. Selah
3. Something More .. Blessed Hope
4. Two Roads .. Country Faith
5. Holy, Holy, Holy .. All Groups
6. The Shepherd .. Gentle Faith
7. Behold, I Stand At The Door .. Debby Kerner
8. If You Believe .. The Way
9. Maranatha .. Love Song
10. For Those Tears .. Children of the Day

アメリカのキリスト教界でいう“ジーザス・ムーブメント”の中から生まれた音楽を記録した、最初期のアルバムのひとつ。入信したヒッピーたちが多数集っていた教会「カルバリー・チャペル」で、ひとつのレコード・レーベル「マラナサ・ミュージック」が生まれ、その記念すべき最初のレコードとして発表されたのがこれです。

このレコードとの出会いは1982年、1年間だけ居候させてもらったお宅で、聞かれずに置いてあった数枚のレコードを見つけました。そのうちの一枚がこれだったのです。

タイトルには「コンサート」とついてますが、実際はスタジオ録音盤です。こういうタイトルのライブを続けていて、その延長で録音されたんじゃないかと思います。教会で行なわれていたコンサートに出演していたいろんなグループが、1曲ずつオリジナル作品を披露しています。中には、あまり好きじゃないサウンドのグループもありますが、いわゆるウェスト・コースト・サウンドのグループいくつかが中心となっていて、ボクにとってはこのアルバムが“アメリカン・ロック”との出会いだったと言えます。洋楽はずっと聴いてたけど、いわゆる売れ筋のアメリカン・ロック・バンドは好きじゃなかったので、日本の一般的な洋楽ファンのみなさんとはこの辺の感覚がズレてます。

このムーブメントの中心であったグループ「Love Song」のメンバーChuck Girardは、元ホンデルズで活躍した人。たくさんの名曲を書き、後にクリスチャン仲間でもある西海岸のスタジオ・ミュージシャンたちを起用したソロ・アルバムも発表しています。そんなミュージシャンには、バッファロー・スプリングフィールドやポコのメンバーだったRichie Furay、スティーリー・ダンやコイノニアで活躍し、矢野顕子などのレコーディングにも参加していたギタリスト、Dean Parksなどがいました。もうひとりの中心メンバーはTom Coomes。この人はその後、マラナサ・ミュージックの看板シリーズである「プレイズ」のプロデューサーとして活躍します。ボクはそのシリーズのアルバムで、参加してるコイノニアのメンバーたち(Abraham Laboriel、Alex Acuna、Harlan Rogers、Hadley Hockensmithなど)や、すばらしいシンガー・ソングライターたち(Terry Clark、Teri Desario、Walt Harrah、Lenny LeBrancなど)を知りました。この辺のアメリカのクリスチャン・ミュージックとの出会いがなければ、ボクはいまのような形では音楽をやっていなかったでしょう。偶然の、けれど重要な出会いでした。

このアルバムは、アマチュア・グループが集まってお互いの音楽を楽しんでいる様子が伝わって、微笑ましいです。当時の写真を見ると、教会の地下チャペルで一生懸命演奏するミュージシャンたちと、石の床に座り込んで熱心に演奏に耳を傾ける聴衆との間には、ステージと客席という壁がないことがわかります。ステキな音楽とそれを創られた神さま、演奏する人と聴く人、幾重にも愛が渦巻いているようです。そんな場所を夢見て、自分もここまで来れたと思っています。
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# by copain-eiji | 2004-10-14 15:07 | ■CD